大阪地方裁判所 平成2年(ヨ)561号 決定 1990年6月15日
申請人
藤川和三
右訴訟代理人弁護士
武村二三夫
被申請人
相互製版株式会社
右代表者代表取締役
増原満洲
右訴訟代理人弁護士
島本信彦
同
上條博幸
主文
一 被申請人は、申請人に対し、平成二年六月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り月額二二万円の割合による金員を仮に支払え。
二 申請人のその余の申請を却下する。
三 申請費用は被申請人の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 被申請人は、申請人に対し、平成二年三月から毎月二五日限り月額二七万一一一五円の割合による金員を仮に支払え。
3 申請費用は被申請人の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 本件申請をいずれも却下する。
2 申請費用は申請人の負担とする。
第二当裁判所の判断
一 被保全権利について
1 労働契約の成立
被申請人がダンボール印刷の製版の製造販売等を目的とする株式会社であり、申請人が、昭和五七年に株式会社ダイハンに雇用され、同社が同六二年に被申請人に吸収合併されるのに伴って被申請人の従業員となり、その本社工場に勤務していたものであることは当事者間に争いがない。
2 労働契約の合意解約等の成否
被申請人は、合意解約の成立等の本件労働契約の終了事由を主張するので、この点について判断するに、当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、以下の事実が一応認められる。
(一) 申請人は、慢性腎不全に罹患し、昭和六三年から平成元年にかけて二度にわたって入院治療を受け、以後は一週間に二回の割合で一回につき約四時間の人工血液透析療法を受けながら就労していた。
(二) 申請人は、かつては係長の職にあったが、前記疾病を有することを理由に、第一回目の入院治療後である平成元年一月に被申請人の意向によって係長職を返上させられたうえ、同年一月には営業部第一課から製造部機械課に、同年一二月には製造部機械課から同部整版課にそれぞれ配置転換を命じられ、同二年一月からは勤務時間を一方的に変更され、事実上、残業が不可能となった。
(三) 申請人は、整版課へ配置転換されて間もない平成二年一月一六日午前一一時ころ、就労中に管理部・製造部部長西岡貞次から役員室に呼び出され、被申請人の代表取締役増原満洲・常務取締役中島弘充の同席する場で右三名から前記疾病を有することを理由に退職の勧奨を受けた。申請人は、突然の話に精神的に動揺して返答をしかねていると、右西岡から同年二月二〇日付で解雇する旨及びそれまでの間は年次有給休暇で処理するので出社に及ばない旨を告げられ、年次有給休暇の請求手続をとるように指示された。申請人は、職場に戻って業務に従事した後、午後四時すぎころ、解雇されたことを同僚らに挨拶して回ったが、同僚の一人から解雇の理由を書面でもらったほうがよいとの助言を受け、前記中島に解雇理由を書面にして交付してもらいたいとの申し入れをなし、翌一七日からの年次有給休暇の請求手続をしたうえで退社した。
(四) その後、同年一月二九日ころには身体の障害により業務に耐えられないことを理由に同年二月二〇日をもって解雇する旨の解雇通知書及び退職金共済手帳が、同年二月八日ころには財形積立預金の解約書類等がそれぞれ被申請人から申請人に郵送された。申請人は、同月八日ころ、中小企業退職金事業団に対する退職金請求書に署名捺印のうえ必要書類を添付して被申請人に返送し、また、同月一三日ころには財形積立預金の解約書類についても署名捺印のうえ被申請人に返送する等したが、同年三月一日ころ、前記西岡に電話して退職金の振込を見合わせてもらいたい旨を伝える等して解雇の効力を争う意向を示した。
以上によれば、平成二年一月一六日に申請人が被申請人の退職勧奨に応じて任意退職する旨の意思表示をしたとの被申請人の主張事実は疎明がなく、また、申請人が同日に有給休暇の請求手続をしたことやその後に退職金請求書等の書面に署名捺印したうえ被申請人に返送したこと等は前示のとおりであるが、これらの事実のみをもって申請人が被申請人からの解雇の意思表示に承諾を与え、あるいは解雇の効力を争わないとの確定的な意思を表明したものと解することも相当でないというべきである。
3 本件解雇の効力
なお、本件解雇の普通解雇としての効力について付言するに、疎明資料によれば、被申請人の就業規則では、従業員が精神又は身体の障害により業務に堪えられない場合には普通解雇する旨の規定が設けられており、本件解雇も就業規則の前記条項に基づいてなされたものであることが一応認められる。
しかしながら、疎明資料によれば、申請人は、前示第二回目の入院治療の後の平成元年五月八日から出勤し、同日以降本件解雇に至るまで無遅刻・無欠勤であったこと、申請人は週二回、一回四時間の人工血液透析療法を受けることを余儀なくされているが、右療法さえ怠らなければ就労は可能との医師の診断を受けていること、さらに、同年六月からはいわゆる夜間透析を受けているので、右療法を受けること自体も週に二日残業ができなくなるほかは勤務に支障を及ぼすものではないことが一応認められる。
以上の疎明事実によれば、本件解雇当時の申請人の身体の状態が就業規則の前記条項に該当するものとは到底いいがたく、本件解雇が就業規則の前記条項を根拠とするものとしても、無効であるといわざるを得ない。
また、被申請人は、申請人には他の従業員との協調性に欠ける面があり、勤務成績が不良であった旨をも主張するが、右事実については疎明が足りない。
二 保全の必要性について
1 金員仮払
疎明資料によれば、申請人は、昭和一二年三月一二日生まれの五三歳であり、同五三年に妻と協議離婚し、大阪府守口市内で長男(二八歳)及び実妹(五〇歳)と同居しているが、長男は現在失業中であり、また、近い将来には独立が見込まれること、申請人が正常な勤務をしていたと解される平成元年一〇月ないし一二月の三か月間の平均賃金額は月額二七万一一一五円であり、これによって申請人とその家族の生活が賄われていたものであること、さらに今回の解雇で従前の健康保険が使用できなくなり、健康保険の任意継続手続をとったものの、その費用に月額二万円程度を要すること、申請人は血液のヘマトクリット値が低く、食餌療法の必要があるため食費が通常よりも高額になること、長男が起こした交通事故の損害賠償のために銀行借入をし、その返済金として月額六万円を要すること、それらを含めて実妹と二人の生活を維持するためには最低で月額二六万五〇〇〇円程度を必要とすること、現在求職活動を行っているが、慢性腎不全の持病を有することや年齢的な面もあって再就職が困難であること、また、他方において、実妹がパートタイマーとして稼働し、月額四万五〇〇〇円程度の収入を得ていることが一応認められる。
以上によれば、申請人については、今後本案の第一審判決の言渡しがあるまでの間は少なくとも月額二二万円程度の金員の仮払をする必要性があることは明らかといえる(なお、平成二年五月以前の過去の給与分及び本案の第一審判決言渡し以降の将来の給与分に相当する金員については、これらについて仮払を必要とすべき疎明がないものというべきである。)。
2 地位保全
一般に労働者が労働契約に基づいて享受しうべき権利ないし利益が賃金請求権以外にも存在することは明らかであるが、本件の地位保全仮処分の保全目的として主張されている事由は、賃金が支払われないことによる申請人の経済的困窺を除去することに尽きるものであり、それについては金員仮払の仮処分をもって十分にその目的を達することが可能であるというべきである。本件については、それ以上に任意の履行を期待しうるに過ぎない地位保全の仮処分をも必要とすべき具体的な事情については、格別の主張も疎明もないから、これを却下するのが相当である。
三 結論
よって、本件申請は、平成二年六月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り月額二二万円の割合による金員の仮払を求める限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余については保全の必要性についての疎明が足りず、また保証を立てさせて認容することも相当でないからこれらをいずれも却下し、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 石井教文)